最後のジェダイ考察:残された謎

2018年12月31日

スターウォーズ「最後のジェダイ」観てきました。

面白いか面白くないかは個人の自由。

ただ見終わった今、謎として次作に持ち越した部分もあるように感じました。

ネタバレ有:最後のジェダイ考察、残された謎

最後のジェダイの謎を書いていきますが、割とネガティブな感想が書いてありますので、不快に思われるかたはブラウザバックしてください。

①レイの「ここを知っている」という発言と出生について

レイがルークの島を訪れ、「ジェダイ」の資料を保管している木?の中に入った際の発言。カイロレンの発言によるとレイの出生は貧しい両親に生まれ、売り飛ばされた普通の子であるということですが、結局この発言の真意については言及されていません。何故レイは夢の中で木の場所を見たのでしょうか。結論からいくと私はレイの出生に秘密があると考えます。レイは物心付くころにはすでに奴隷として売られています。貧しい普通の両親というイメージこそ明らかになりましたが、その母親がどういう人で、父親は誰なのか詳しいことはまったく判明していません。公開前の予想ではカイロレンの妹であるとか、ルークの娘であるなどの予想が語られていました。一般的な奴隷の両親であることで期待とは裏腹に少し残念な気持ちもありますが、スターウォーズの登場人物で奴隷の生まれ、かつ強力なフォースの使い手がいることをみんな知っています。そう「アナキン・スカイウォーカー」です。アナキンの母シミ・スカイウォーカーはアナキンの生まれについて以下のように言っています。

シミ「父親はいませんでした。私に言えるのはあの子を身ごもり、産んだだけ。何があったのかは説明できません。」

エピソード1ファントムメナスより

ファンの間ではアナキンの父親について議論がなされていますが、ここにフォースが関係してくるのは間違いないでしょう。ルークがいた島の木はフォースに深く関係のある場所です。レイは確かに奴隷の子として売られていますが「父親はいない」。アナキンと同様にレイの母親も処女懐胎したのではないか・・・。そう考察します。(普通の子があれほどのフォースを持っているのは流石に不自然であると考えたため)

②カイロ・レンと共にルークの元を去った弟子たちの行方とレイアの秘策

ルークはカイロ・レンの暗殺を企てました。正直言ってエピソード4~6を見てきたファンの一人としてはルークというキャラは絶対にこういったことをするような人物ではないと思っています。ですが今作でルークがそういった行為をしてしまったと突きつけられてしまったので甘んじて受けるしかありません。

ルークは数十人の弟子を持っていたようですが、この事件を皮切りに、カイロレンとともにルークの元を去った数人の弟子がいるというセリフがありました。その弟子たちはどうなったのでしょうか。カイロレンとともにファーストオーダーに下ったのか、下ったのはいいがカイロレンがダークサイドに傾くための犠牲にさせられたのか。ここについては謎が残ったままとなっています。

映画の最期のシーン。レイアがレジスタンスには秘策が残っていると語ります。ですが、救難信号を受信はするものの、助けにくる者はいませんでした。もういるとしたらルーク・スカイウォーカーが育てた弟子たちくらいしか思いつきません。

もしかするとルークが育てた弟子たちは各地に散らばり、身を潜めて力を蓄えているのかもしれません。来るべき決戦に備え。

③最後のほうきを持つ少年が持つ指輪とジェダイの残した書籍。

最後のジェダイのラストシーン。無名の子供(奴隷)が宇宙を見上げるシーンですが、これは誰というわけではなく、あくまで「希望の象徴」として描かれていると思います。ですが、彼の持つ指輪(首輪だったかもしれません)が一瞬アップで映ります。この指輪、特に説明がなかったと思うのですが、これってジェダイのマークと何か関係あるのでしょうか。ルークが切り株に保管していた書籍に、指輪の描かれていたマークと似ているマークがあったような気がするのですが・・・。それとも単純にレジスタンスの残党としてのマークなのでしょうか。

ちなみにそのうろ覚えのジェダイの本について、最期ファルコン号にあったような気がするのですがどうなんでしょうか。あったとしたらレイが勝手に持ち出したんですかね。どちらにしてもすでにないものに対して火をつけるかつけないかで迷っていたルークが滑稽に見えてきてしまうので、こういった映画の作り方はしないでほしいなと素人ながら思いました。

「最期のジェダイ」の感想

考察に加えて映画そのものの感想を書いていこうと思います。

中途半端な映画だった。この先40年見られるコンテンツとは思えない出来。

まず私のスターウォーズという映画への立ち位置でいうと、スターウォーズはエピソード6で完結しており、エピソード7以降はすべてどこかの誰かが作った二次創作として映画を見ています。

良い映画というのは見終わった後も尾を引くものです。映画館を出たあと、あのキャラの今後を想像したり、キャラクターの心情を考えてみたりしてしまうものがいい映画だと思います。ですが今作では「フォースの覚醒」同様、まったく尾を引きません。なぜなら疑問点や粗が目立ってしまっているからです。(この疑問点や粗というのはクリエイティブな部分のことを指しているので撮影ミスとか矛盾点のことを言っているわけではありません)

エピソード4~6は7以降がなければこれからも歴史に残り続けたでしょうが、その続編が凡作であるがために、4~6の伝説に終止符が打たれてしまわれないか心配です。

キャラクターを描きすぎている気がした

まず気になったのが「群像劇」を意識しすぎていることです。スターウォーズは「群像劇」と力強く言っている人もいるようですが私はそれについては反対意見でスターウォーズはかなり「独善的」なものだと思っています。ルーカス監督はインタビューや書籍でスターウォーズのことを「メロドラマ」と何度も語っています。つまりルーカス監督がこの映画を通して伝えたかったことは「父と子の物語」であり「家族愛」ということです。宇宙での戦闘も、ライトセイバーに戦闘も、すべて「一人の人間(ダース・ベイダー)の一生を描く」ための肉付けにすぎません。その肉付け部分を称賛する人にとっては「フォースの覚醒」が良作に見えるのです。(なぜならフォースの覚醒にはメロドラマの部分がないからです。(ハン・ソロとカイロレンの関係がありますが殺害してますし・・・))

ここでポイントなのがルーカス監督が描くような「本当に描きたいのは一人のキャラだけど、それだと人気でないから群像劇っぽく作るよ」というスタンスのほうが実は「真の群像劇」に近くなるということです。どういうことかというと、そういった作成方法のほうが、それぞれのキャラクターに想像の余地を残すような作りになるからです。

キャラクター人気で繁盛している界隈の多くは「二次創作」がエネルギーになっています。劇中で台詞がないようなキャラクターでもファンによって、設定が肉付けされていくようなものです。(最近でそのような賑わいを見せたのは東方プロジェクトなどでしょうか)

「最期のジェダイ」でもスターウォーズは「群像劇」という幻想を抱いてしまっているようで色々なキャラが登場し、そして描かれましたが見ていて思ったのは「描きすぎ」であるということです。

あまりに丁寧に描きすぎているので、この時このキャラクターは何をしていたのだろう、もしかしたらこういう行動をとっていたかもしれないという想像の余地があまりありません。これは「群像劇」を狙って作ったと思うのですが、キャラクター商売としてはマイナスに働くのではないかと想像します。ガッツリ映さなくても、ちょっと画面に映るだけでファンは深読みしてくれるのではないでしょうか。

旧作キャラがどんどん退場するスターウォーズに未来があるのか疑問、スターウォーズに世代交代って必要なの?

前作「フォースの覚醒」でもそうでしたが旧キャラから新キャラへバトンを渡すような描写が随所に見られます。実際「最後のジェダイ」はルークではなくレイだったわけですし。

確かに世代交代は重要です。ですが、スターウォーズに世代交代が必要かと言われると疑問が残ります。なぜなら、ファンの中で「ルーク・スカイウォーカー」を古いキャラだと思っている人はいるのでしょうか?世代交代が必要になるのはそのキャラが持つ特徴が古くなった場合に適用されるべきだと考えます。仮にルーク・スカイウォーカーが今もレジスタンスを率いるメンバーの一人で、明らかにライトセイバーが通じない相手にも、考えを変えずにライトセイバーで立ち向かうようなリーダーになってしまっていたら世代交代は必要です。つまりその人物がフェードアウトしないと現状が変わらない状況になって初めて世代交代は発動するんですね。でもこのスターウォーズの世代交代は「自ら引退宣言してフェードアウトしたはずの人を無理やり引っ張り出して、若い人に無理やりバトンを渡させてる」ような気がしてならないのです。具体的な例でいうと「リレー大会に老人を無理やり出場させて、次の人にバトンを渡させる」ことを感動的に演出しているだけという感じでしょうか。

確かにスターウォーズは40年前の映画です。ですがその世界観やキャラクター達はけして劣化していない。今もなお唯一無二の存在として映画界に君臨しつづけていたのです。そんなキャラクター達をわざわざ地に落とし、むりやり新しいキャラを神格化させようとしても、そう上手くいかないのではないのでしょうか。「最後のジェダイ」がスターウォーズというコンテンツの「終わりの始まり」であるように強く感じるのです。

とまぁこのように書いていきましたが、エピソード9がどうなるのか。気になると言えば気になるのであまり期待せず待とうと思っています。

以上です。ありがとうございました。

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sensiki

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名前:sensiki 職業:サラリーマン。いわゆる理系男子で大学からプログラミングを学び仕事でも活用中。好きな言語はPython。流行に疎いこともあり最近の話題を独自の視点でまとめていこうと思いブログ開始。スクレイピングや統計を用いたエントリを書きたいと思いまながらツールを作成中。

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