新劇場版頭文字Dはなぜこんなにひどい出来なのか

レビュー

新劇場版頭文字D Legend1 -覚醒- が2014年に公開されてから早数年が経った。

公開当初から賛否両論だった映画だが、結局この新劇場版は面白かったのだろうか?

今回は公開から数年経った今だからこそ、考察していきたい。

総評

まず結論としてLegend1からLegend3はつまらなかったし、失敗作だと思います。

「なぜ声優をすべて入れ替えたのか」、「なぜユーロビートを外したのか」、「なぜキャラクターの魅力を殺す演技をさせたのか」、「なぜこんなにバトルシーンが盛り上がらないのか」。

そもそもLegend1の時点で、続きであるLegend2、Legend3を見る気が完全になくなっていました。

物凄いストレスを抱えながらLegend2と3も見ましたが、心のどこかで、きっと映画のどこか1シーンでも面白いと思えるところがあるのだろうという淡い期待感をもっていたからです。

結果的には映画に映る何もかもに嫌気がさして、何度もう見るのをやめようと思ったか。

Legend3の終盤、高橋涼介とのバトルの最終コーナー。

テレビアニメ版は何度も何度も見直したくらい好きなシーンです。

BGMでかかるユーロも、同時のシフトダウンの演出、慎吾と毅の実況、クロスするライン。

当時の興奮をもう一度味わいたい。きっとラインクロスのシーンはいい出来なんだろう。

そんな期待もすべて裏切られました。

「アウトだとぉ・・・(ボソっ」

「おぉ・・・ついたぁ・・・(感想」

ヒューン・・・終わり

あれだけ盛り上がる要素しかないシーンで、ここまで盛り上がりに欠ける映像を作られたことがある意味奇跡だと思いたい。

以下に各キャプチャーごとの感想を書いていきますが、最後にバトルシーンの何が問題だったのか詳細に考察もしていきます。

Legend1 -覚醒-

新劇場版に慣性ドリフトのセリフはない・・・

頭文字D Legend1は、オープニングで啓介がAE86に慣性ドリフトで抜かれるシーンから始まります。

ゆるい右からのきつい左のシーン。原作やテレビアニメ版では慣性ドリフトを鮮やかに決め、啓介が驚く名シーンです。これが本当にひどい。

原作の流れ

高橋啓介がハチロクに煽られていることに驚く

ハチロク、オーバースピードでコーナーに侵入

慣性ドリフトでコーナーをクリア

高橋啓介がハチロクのドライバーに興味を示す

映画版の流れ

高橋啓介が煽られる。この時ハチロクだとは気づかない

ハチロクがオーバースピードでコーナーに侵入

コーナーをクリア(慣性ドリフトとは映像からはわからないし、台詞もない)

高橋啓介「ハチロクだと!?」⇐テクニックではなく車種に驚いている

本来の流れでは拓海のテクニックの高さを見ている人に伝えるシーンのはずなんですが、新劇場版では抜かれた後に啓介が「ハチロクだと!」と言います。

これにより高橋啓介が車種に驚いているシーンとなってしまい、拓海のテクニックが異常に高いということが伝わってきません

恐らく新劇場版ではじめてこのシーンを見た人は「ハチロクという車の性能がいいからこのカーブをクリアできたのだろう」と思ったでしょう。

そのため、放心状態になった高橋啓介を池谷が見つけるシーンも、ハチロクという車を見て茫然自失になってしまった変な男となります。

このオープニングは致命的なミスだと思っています。なぜならその後の拓海の見え方も変わってしまうからです。

慣性ドリフトを見せつけられることによって、視聴者の興味はハチロクのドライバーに向けられます。

慣性ドリフトというテクニックを軽々と決めてしまう男は一体どんな男なんだろう?きっとゴツくて目力のある感じの男なんだろうと思わせているから、ポケーっとしている拓海が登場してギャップに驚くのです。

そこで頭文字Dの面白さが生まれるのです!!

演出と脚本の少しの違いで作品の面白さが一気に違う方向へ行った瞬間でした。

ここを見た瞬間の「つまらないものを見せられた」という感覚は今でも残っています。

本当にショックでした。

その後拓海や池谷、文太などのシーンにいきます。

私自身は声優などの声のお仕事に関する知識はありません。

が、このキャスティングはひどすぎます。(声優さんを否定しているわけではありません)

配役が全く合っていない。

あからさまな腐女子人気狙いのキャスティング。萎えるなというほうが難しい。

映画後半のバトルのシーンも盛り上がりに欠けます。

定番ユーロビートも流れない。

映像は綺麗だと思いました。謎の縦線は多すぎると思いますが。

音楽がしょぼいというのも問題ですが、一番は演出、つまり見せ方が下手すぎます。

これに関してはLegend3の高橋涼介戦が一番わかりやすいのでそこで説明します。

Legend2 -闘争-

高橋涼介と中里毅のバトルから始まります。

Legend2は中里毅のGTR(RB26)戦からEG6庄司慎吾のガムテープデスマッチまでが描かれます。

OPで涼介と毅がGTRの馬力やハチロクに関して問答しますが、相変わらず声が合っていません。

いかにも人気声優揃えましたという感じです。

やりとりの部分は当たり前ですが展開が早く、キャラが全体的に早口になってしまっている。

あとギャラリーの一部に物凄く棒読みの人がいました。ゲストか何かでしょうか。

本題ですがLegend2に関してはバトルの演出が一番ひどい。

まず中里戦。

Legend2に限った話ではありませんが新劇場版では車がどんな動きをしているのかわかりにくい。

おそらくカメラを斜めにして車を映しているシーンが多いのが最大の原因です。

どのコーナーでも基本的にカメラが車に寄りすぎていて、位置関係がわかりずらい。

3台の車の位置関係がわからなくなり、どういう挙動でコーナーを抜けているのかがわかりません。

テレビアニメ版と比較してみましょう。

テレビアニメ版ではコーナー全体を、カメラを引いて映しています。

これにより中里、拓海、涼介の3台の動きと位置関係が一発でわかるような丁寧な作りになっています。

いかがでしょうか。

作品を批判するとすぐアンチ乙とか古参ぶるなという批判が来ますが、この頭文字D新劇場版に関しては内容がずさんすぎます。

比べる比べないの話ではありません。単純に映像作品としてクオリティが低すぎる気がしました。

これに関しては単純に監督の力不足です。

せっかく絵が綺麗なのに演出が下手だとつまらない物になってしまうという典型的な作品だと思いました。

一番つらかったのが中里がハチロクにオーバーテイクされるところです。

外にいったはずのハチロクが、いつ、どうやってインに移動したのか映像から何も読み取れません。

中里がハチロクに抜かれてクラッシュ、その後FCがGTRを抜くまでの流れもあっさりとしすぎです。何もカタルシスがありません。

ガムテープデスマッチもテレビアニメ版では主題歌が使われていてドラマチックなエンディングを迎えていましたがLegend2では記憶にすら残っていません。

Legend2の感想については本当に「無」です。

1時間で終わってくれて感謝すらしています。

Legend3 -夢現-

Legend3に関しては高橋涼介との戦いだけ感想を書いていきます。

高橋啓介の熱意が感じられないカウントダウンからバトルスタート。

この時点でテンションが下がります。

原作ではカウントダウンをやらせてほしいと啓介がお願いする形です。

始まってしまっては、兄が負けてしまうかもしれない。

それでも勝負を始めなくてはならない。

その葛藤の中で感情が揺れ動く渾身のカウントダウンなんですが・・・、本当にこういう細かい演出ができない映画です。

Legend2から引き続きコーナー時、カメラは斜め向きっぱなし。

ストレートの時すらカメラが斜めっています・・・。見にくい。

一部のシーンであればいいんですが、本当に終始傾いてわかりにくさを倍増させます。

問題の最終コーナー、なぜ新劇場版のバトルは盛り上がりに欠けるのか

頭文字Dでベストバウトに選ばれるくらい人気の高橋涼介VS藤原拓海。

特に原作の「火花散らすラインクロス」に収録されている最終コーナーのシーンは頭文字Dで最高の名場面の一つにあげられるでしょう。

バックで流れる「Beat of the rising sun」も最高ですよね

この伝説的なシーンも新劇場版の手にかかれば、あっさりとした、盛り上がらないシーンになってしまっていました。

少しだけ、なぜこんなにも新劇場版のバトルは盛り上がらないのかについて考察してみようと思います。

その考察をするにあたって、高橋涼介戦の最終コーナーのシーンはわかりやすいです。

ハチロクとFC3Sがコーナーを最終コーナー手前からオーバーテイクするまでのシーケンスを書き出してみます。

上がテレビアニメ版。下が劇場版です。

1行が1カットです。並べてみるとわかりますが、カット数が圧倒的に違います。

テレビアニメ版は56カット。劇場版が26カット。

時間はテレビアニメ版が約1分30秒。劇場版が約1分でした。

これだけでも圧倒的にテレビアニメ版のほうが密度が高いことがうかがえるのではないでしょうか。

調べてみて、何度も見直しましたが、単純に劇場版は手抜きだと感じました。

もう少し作品に対するリスペクトというか、熱意をもって作ってもらいたかったと思うばかりです。

旧作に対するリスペクトが圧倒的に足りない

新劇場版頭文字Dはヤングマガジン創刊35周年記念作品として制作されました。

この声優変更に関しては制作サイドからも不満がでていたようです。

公開から数年経ったいまでは、完全に「失敗作」として認識されている。

おそらく制作サイドの人の中にも旧作のファンがいたでしょう。

完全にマーケティング側の人間の旧作に対するリスペクト不足が失敗の要因なのは間違いありません。

キャスティングに関しては露骨に女性ファンを取り込もうという狙いが見え見えです。

やっぱり前の声優じゃないと違和感がある

拓海はボーっとしていて面倒ごとを嫌うけど、内心は負けん気が強くやるときはやる男。

文太は無愛想で拓海と上手くスキンシップをとれない父親だが、常に拓海を気にかけ陰で見守るダンディズム。

啓介は常に闘争心をむき出しにしていて、過去に暴走族を仕切っていたほどのやんちゃぶり。

涼介は知的で冷徹。でも弟の啓介には少し優しく語り掛けるような兄でもあり、内に熱い思いを持つカリスマ。

新劇場版では拓海はチャラ男、文太は優男、啓介はガキ、毅は一般人、池谷はイケボ。

人間は顔のパーツや体形から、無意識にその人の人生をイメージするといいます。

新劇場版の配役ではキャラクターがどういう性格をしていて、どんな人生を歩んできたのか、それが声からは何もイメージできませんでした。

それくらいテレビアニメ版のキャスティングは完璧だったんだと思います。

新劇場版の絵で、前の声優さんバージョンが見られる日が来ることを祈っています。

些細なセリフの違いが気になる

「慣性ドリフト!?」がなかったり。

「嘘だろォ!?」がなかったり。

「ラインがクロスするぞッ!!」もない。

セリフそのものがないものもありますが、露骨にテレビアニメ版で印象的だったセリフを変えてきます。

「アウトだとぉ!!」が呟きだったり。

「ようし!インにはこねぇな!」も違うし。

細かいところまであげはじめるとキリがないですが、同じような違和感を持っている人はたくさんいます。

セリフそのものがない場合もありますし、印象が全然違って聞こえます。特に拓海の印象が全く違いました。

涼介戦で「しゃあああああ!!いっけえええええ!!」と叫び始めたときに眉をひそめた人も多いはず。

どっちかというと拓海は「っしゃあぁ・・・いっけーーー!」なんですよね。

いやユーロビートは流してくれ

やっぱり頭文字Dはユーロビートなんだと再認識しました。ユーロビートなくして頭文字Dではないと思います。

そもそも、なぜ頭文字Dでユーロビートが使われているかというと、avexがアニメ制作に参入して最初の作品だからです。

ユーロビートはテレビアニメ版の公開当時(1998年)としても、先鋭的な音楽というわけではありませんでした。あくまでavexが作ってきていた主要な音楽の一つという位置づけだったのですが、頭文字Dの世界観に見事にマッチしました。

マッチしたというよりも、演出の一つとしてBGMを有効活用したというのが正しいと思います。

テレビアニメ版ではいわゆる音ハメが要所要所で使われています。音ハメとは音楽に合わせて映像をつくっていくことです。これによりシーンを印象的にすることができます。

新劇場版では音ハメが全く使われていません。

作られた映像になんとなく音楽をのせただけだと思います。調整もなにもされていません。

監督の単なる手抜きです。そのためもしかしたらユーロビートを流しても面白くなかったかもしれません。

大事なのは使われ方であると再認識できました。

どんなに古いものでも、面白い部分は残せ

新劇場版頭文字Dは間違いなく面白くありません。面白いと思った人は映像の綺麗さや声優しか見れていないのでしょう。アニメ作品としての出来はテレビアニメ版の足元にも及ばないです。

古いとか新しいとか、そういうことは重要ではないです。

重要なのは面白さを追求するということです。

すでに使われた演出だから使わないというのはあまりにも思考が浅いです。良いものは引継ぎ、さらにレベルアップさせることが大事だと思います。

頭文字Dでいうとユーロビートは盛り上がるんだから使えばよかったし、バトルのカメラワークもわかりやすさを真似すればよかったと思います。完コピはしなくとも、リスペクトは残してほしかった。

広告